德田商店のあゆみ

創業、基礎
魚屋さんから一転食品業として繁盛した上魚町当時の店舗内

徳田商店の先祖「武七」は、江戸時代 鳥取城をはじめ武家屋敷などの魚のご用を あずかり、出入りを許されていた。

明治時代になって食料品も西欧の影響を受け、先代「力蔵」はいち早く貯蔵のきくカンヅメ類などを取り入れて、食品業としての基礎を築いた。


公設市場へ
年商56億円をマークする鳥取市安長の本店

大正時代、経営はさらに飛躍し、サッポロビールやキリンビールの特約店、キッコーマン醤油なども手広く扱った。

当時店舗は上魚町にあったが昭和18年の鳥取大震災で倒壊した。このため店舗を若桜橋詰に移したが、昭和27年の鳥取大火にあい、これを機に鳥取駅前に進出した。

鳥取都市計画により、昭和48年に鮮魚市場を市内安長の鳥取市公設市場に移転、昭和51年9月には本社も同所に移した。

そして、6代目「忠志」は日進月歩の食品業界の中にあって、 常に年代を敏感に先取りして、現在の確固たる地位を築き上げた。

沿革
  • 明治創業
  • 昭和32年 株式会社德田商店を設立
  • 昭和38年 鮮魚部門を創設
  • 昭和42年 水産加工部門を創設
  • 昭和43年 塩干部門を創設
  • 昭和48年 鮮魚部門を市内安長の鳥取市公設市場に移転
  • 昭和51年 本社も同署に移転
  • 平成 2年 不動産事業部を創設
  • 平成11年 現社長就任
  • 平成21年 水産加工場の全面改築で、水産加工部門をマルトクフーズに名称変更

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